孫子
中国・春秋時代末期(紀元前6世紀末頃)の軍略家・孫武(そんぶ)が著したとされる兵法書。孫武は斉に生まれ、呉王・闔閭(こうりょ)に将軍として仕え、辺境の小国だった呉を有力国に押し上げたと伝わる。
成立年代については春秋末期説と戦国初期説がある。孫武が一旦書き上げた後も、後継者によって内容(注釈・解説篇)が徐々に付加されていったと考えられている。
構成(13篇)
計篇・作戦篇・謀攻篇・形篇・勢篇・虚実篇・軍争篇・九変篇・行軍篇・地形篇・九地篇・火攻篇・用間篇。
代表的な思想
- 「百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」(謀攻篇)— 戦わずして勝つことを最上とする
- 「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」(謀攻篇)— 敵と自分双方の情報収集の重要性
- 「兵は国の大事にして、死生の地、存亡の地なり」— 戦争を国家の存亡に関わる重大事と位置づける
後世への影響
江戸時代の日本では50以上の注釈書が出版され、林羅山や荻生徂徠の研究が知られる。武田信玄は孫子の一節(「其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山」)から「風林火山」を旗印に採用した。現代でも防衛大学校やアメリカ国防総合大学校など各国の国防教育機関で研究対象になっている。