セロトニン
必須アミノ酸トリプトファンから合成されるモノアミン系の神経伝達物質。化学名は5-ヒドロキシトリプタミン (5-hydroxytryptamine, 5-HT) で、インドール骨格に2-アミノエチル側鎖が付いた構造をしている。分子式 C10H12N2O、分子量約176。
「幸せホルモン」といった通称で語られることが多いが、実態としては中枢神経よりもむしろ末梢(腸・血小板)に大半が存在する物質で、機能も気分の調節に限らず腸管運動・血管収縮・血小板凝集まで幅広い。
生合成と分解
トリプトファンから2段階の酵素反応で作られる。
L-トリプトファン
↓ トリプトファン水酸化酵素 (TPH) ← 律速段階
5-ヒドロキシトリプトファン (5-HTP)
↓ 芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素 (AADC)
セロトニン (5-HT)
↓ モノアミン酸化酵素 (MAO) → アルデヒド脱水素酵素
5-ヒドロキシインドール酢酸 (5-HIAA)
律速酵素であるTPHには2つのアイソフォームがあり、TPH1が末梢、TPH2が中枢神経系で発現する。合成系そのものが中枢と末梢で別々になっている。
最終代謝産物の5-HIAAは尿中や髄液中で測定でき、セロトニン産生量の指標として使われる(カルチノイド腫瘍の診断など)。
体内での分布は末梢に偏っている
ヒト体内のセロトニンは全体で10mg程度とされ、その分布は次のように極端に偏っている。
| 部位 | 割合 |
|---|---|
| 消化管粘膜(腸クロム親和性細胞 / EC細胞) | 約90% |
| 血小板 | 約8% |
| 中枢神経系 | 約1〜2% |
さらに重要なのは、セロトニン自身は血液脳関門 (BBB) を通過しないという点。そのため脳内プールと末梢プールは独立した2つの系として制御されている。BBBを通過するのは前駆体のトリプトファンの方で、L型アミノ酸トランスポーターを介して脳内に入る。
「腸で9割作られている」という事実と「腸のセロトニンが脳に効く」という主張は別の話で、後者が成り立つとすれば迷走神経や腸内細菌によるトリプトファン代謝の変化といった間接経路を経る必要がある。この領域は #脳腸相関 の文脈で研究が進んでいる。
中枢での役割
脳内のセロトニン作動性ニューロンの細胞体は脳幹の縫線核に集まっており、そこから大脳皮質・大脳基底核・視床下部・脊髄など広範囲に投射する。数としては少ないニューロンが脳全体を面で修飾する、典型的な修飾系の構成になっている。
厚生労働省 e-ヘルスネットの記述では、セロトニンはドパミン・ノルアドレナリンを制御して精神を安定させる働きをするとされ、低下するとこれらのコントロールが不安定になって、攻撃性の亢進・不安・うつ・パニック症などの精神症状につながるとされている。また、女性ホルモンの分泌減少がセロトニン低下に関係することから、更年期障害との関わりも指摘されている。
睡眠との関係では、セロトニンは松果体でN-アセチル化・O-メチル化を経てメラトニンへ変換される。すなわちメラトニンの前駆体でもある。
受容体は14サブタイプある
セロトニン受容体は5-HT1〜5-HT7の7サブファミリーからなり、全体で14のサブタイプが知られている。5-HT3だけがイオンチャネル型(リガンド開口型陽イオンチャネル)で、残りはすべてGタンパク質共役受容体 (GPCR)。
この多様さが創薬上の重要性につながっている。
| 標的 | 薬剤の例 | 用途 |
|---|---|---|
| セロトニントランスポーター (SERT) | SSRI(フルオキセチン、セルトラリン等) | うつ病・不安症 |
| 5-HT1B/1D 作動 | トリプタン系 | 片頭痛 |
| 5-HT3 拮抗 | オンダンセトロン、グラニセトロン | 制吐(抗がん剤治療時など) |
| 5-HT2A 作動 | LSD、シロシビン | 幻覚作用 |
セロトニン症候群
セロトニン作動性の薬剤の併用・増量・過量投与によって、セロトニン活性が過剰になると起こる副作用。振戦・ミオクローヌス・反射亢進といった神経筋症状、発熱・発汗などの自律神経症状、不安・焦燥などの精神症状が組み合わさって現れる。
厚生労働省の「重篤副作用疾患別対応マニュアル」に独立した項目があり、Sternbach基準・Hunter基準など複数の診断基準が併記されている。感度・特異度のバランスからHunter基準(ミオクローヌスや反射亢進を重視)が使われることが多い。
うつ病のセロトニン仮説をめぐる議論
SSRIが有効なことから「うつ病は脳内セロトニンの不足によって起こる」というモデル(セロトニン仮説 / モノアミン仮説)が広く知られるようになった。
2022年、Moncrieffらが Molecular Psychiatry に発表したアンブレラレビューが、セロトニンとうつ病の関係に一貫したエビデンスは見出せないと結論し、大きな注目を集めた。これに対しては36名の研究者による反論コメントが出され、新たな解析を行わず既存のレビューを要約しているだけであること、独自の質評価基準を用いていること、原論文と異なる解釈をしていることなどが方法論上の問題として指摘された。
反論側が同時に述べているのは、そもそも「単一の化学物質の不足でうつ病を説明する」という素朴な形の仮説は数十年前から専門家の間では時代遅れとみなされていた、という点である。もともとの仮説は、一部の抗うつ薬がなぜ効くのかを説明しうる脳内変化の一例として提示されたものだった。現在の理解では、SSRIの効果はセロトニン濃度の即時的な回復ではなく、神経可塑性の変化など下流の適応過程を介すると考えられている(投与開始から効果発現まで数週間かかることもこれを支持する)。
出典
- セロトニン | e-ヘルスネット(厚生労働省)
- セロトニン - 脳科学辞典
- 重篤副作用疾患別対応マニュアル セロトニン症候群(厚生労働省 / PMDA, 令和3年4月改定)
- The Mechanism of Secretion and Metabolism of Gut-Derived 5-Hydroxytryptamine - PMC
- Serotonin—Its Synthesis and Roles in the Healthy and the Critically Ill - PMC
- The serotonin theory of depression: a systematic umbrella review of the evidence - PMC
- A response to “The serotonin theory of depression: a systematic umbrella review of the evidence” | King’s College London