ジャポニスム
19世紀後半、主にフランスを中心にヨーロッパで流行した日本趣味・日本美術ブーム。単なる異国趣味の流行にとどまらず、浮世絵や工芸品が西洋の視覚表現そのものに変化をもたらした美術史上の現象として位置づけられる。
歴史的経緯
黒船来航や日米和親条約(1854年)による日本の開国以降、写真・印刷技術を通じて日本の様子が西洋に広く知られるようになった。1856年頃、版画家フェリックス・ブラックモンが陶芸家の工房で北斎の『北斎漫画』を見出したことが、西洋美術界での再発見のきっかけの一つとされる。19世紀中頃の万国博覧会への日本の出品をきっかけに浮世絵・琳派美術が急速に注目を集め、1872年には美術評論家フィリップ・ビュルティが「ジャポニスム」という語を初めて用いた。ブームはおおむね1860年代から1900年代初期まで、約50年間続いた。
なお、「陶磁器の包み紙として浮世絵が使われ、それが西洋人の目に留まった」という逸話がしばしば紹介されるが、太田記念美術館の考証によれば初出は1905年のレオンス・ベネディットの著作であり、確証のない伝聞とされる。
西洋美術への影響
浮世絵から西洋の画家たちが受容した要素として、大胆な色彩・平面的な構成・俯瞰的視点・強調された輪郭線・非対称的配置などが挙げられる。印象派・ポスト印象派・アール・ヌーヴォー・唯美主義(エステティック・ムーブメント)に影響を与え、マネ・モネ・ドガ・カサット・ゴッホ・ゴーギャン・ホイッスラー・クリムト・ミュシャらが代表的な受容者とされる。
- モネ「ラ・ジャポネーズ」
- ゴッホが渓斎英泉の浮世絵を参考に模写した『花魁』
- ロートレックのポスターに見られる斜めの構図・平面性は、歌川広重の浮世絵に着想を得たとされる
- 冨嶽三十六景にならい、アンリ・リヴィエールが『エッフェル塔三十六景』を制作
美術以外への波及
音楽や生活文化にも波及し、プッチーニの歌劇『蝶々夫人』やギルバート・サリヴァンの喜歌劇『ミカド』が生まれたほか、ファッション・インテリアにも日本風デザインが浸透した。ルイ・ヴィトンの市松模様や家紋を思わせる装飾も、この時期の日本趣味の流行を背景に持つとされる。
浮世絵の中での位置づけ
葛飾北斎・歌川広重らの作品が西洋美術に与えた影響という、絵師・作品側とは逆向き(受容側)の視点をまとめたノート。