歴史的仮名遣い
平安時代中期以降の仮名遣いを規範とする日本語の表記体系。「旧仮名遣」とも呼ばれる。発音のその後の変化にかかわらず、古い時代の表記をそのまま継承する点が特徴。明治期から第二次世界大戦終結まで、公教育における公式な表記として採用されていた。発音式仮名遣いと対比される。
契沖による確立
江戸初期・元禄時代の僧、契沖が『和字正濫鈔』を著し、『万葉集』や『日本書紀』などの古文献を出典として明記しながら文献学的に仮名遣いを体系化した。仮名遣いは語義を書き分けるためのものだと結論づけ、これが歴史的仮名遣いの学問的基礎となった。
その後、本居宣長が『字音仮字用格』で漢字音の古い発音表記(字音仮名遣)を規範化し、楫取魚彦は『古言梯』で仮名遣いが本来は発音の書き分けであり、後年の混乱は発音の歴史的変化によって生じたことを明らかにした。明治期の公教育は、この契沖以来の国学の流れを汲む仮名遣いを採用し、これが今日「歴史的仮名遣い」と呼ばれるものになった。
具体例
- オ段・エ段の書き分け: 「あを」(青)、「ゑむ」(笑む)、「ゐど」(井戸)
- ハ行転呼(語頭以外のハ行音を書き分ける): 「かは」(川)、「こひ」(鯉)、「まへ」(前)
- 長音表記: 「あふぎ」(扇)、「かうもり」(蝙蝠)
- 四つ仮名の区別: 「ぢ」と「じ」(例: 「ぢぢ」爺)、「づ」と「ず」(例: 「みづ」水)
- 助詞の「は」「へ」「を」を発音通り「わ」「え」「お」と書かない慣習は、現代仮名遣いにも歴史的仮名遣いの名残として部分的に残っている。
明治期の仮名遣い論争とその後
明治期、上田万年らが表記と発音のずれを解消しようと発音式仮名遣いを提唱したが、森鷗外ら文学者・国語学者の反発を受け、1908年(明治41年)の臨時仮名遣調査委員会で見送られた。歴史的仮名遣いはその後も公式表記であり続けた。
戦後、GHQの民主化政策の一環として来日したアメリカ教育使節団の勧告(漢字・ひらがな・カタカナを廃止しローマ字のみとする提言。ローマ字運動も参照)を受け、政府は表記の簡易化を決定。1946年(昭和21年)に「現代かなづかい」が公示され、歴史的仮名遣いは古典を除いて公教育から姿を消した。以後、歴史的仮名遣いは「旧仮名遣」と呼ばれるようになった。