葛飾応為

江戸時代後期に活躍した女性浮世絵師。葛飾北斎の三女で、本名は栄(えい、「お栄」「栄女」とも)。生没年は不詳。「応為」の号は、北斎が娘を呼ぶときの「オーイ」という呼びかけに由来するという説がある。

生涯

幼少期から絵に囲まれた環境で育ち、北斎の助手として制作に関わりながら画技を磨いた。1824年ごろ、北斎の弟子の一人・南沢等明と結婚するが、家事をこなさず夫の絵の下手さを笑うなど気性が合わず、3年ほどで離縁して実家(北斎のもと)に戻った。

1828年に母(琴女)が亡くなった後は、晩年の北斎の身の回りの世話をしながら制作を手伝い続けた。北斎が80代で手がけた作品の中には、応為による代筆が相当含まれているとみられている。

気性は北斎譲りで男勝り・豪放と伝えられ、清貧な暮らしぶりを恥じず、酒や煙草もたしなんだという逸話も残る(父の絵にうっかり煙草の灰を落としたという話も)。

画風・代表作

得意としたのは美人画で、北斎自身が「美人画に関しては応為は自分より優れており、達者に描いて画法にかなっている」と評したという記録が残る。最大の特徴は大胆な光と影(明暗)の表現で、西洋画法の陰影表現を思わせる強いコントラストにより夜の情景を印象的に描き出した。

代表作は「吉原格子先之図」(太田記念美術館蔵)。吉原の格子越しに灯りが漏れる夜の情景を、光と影の交錯で描いた作品。ほかに「三曲合奏図」(1850年頃、中央の女性が観客に背を向けた大胆な構図)、「月下砧打美人図」(月明かりの下で布を打つ女性)、「関羽割臂図」(関羽の腕を華佗が手術する場面、力強い描写)などが代表作として挙げられる。

現存が確認されている真筆作品はごくわずかで、10点前後とされる。無署名の作品や北斎作とされてきた作品の中に、応為の手によるものが含まれているのではないかという研究も進んでいる。

近年の再評価

長らく「北斎の娘」という以上には注目されてこなかったが、近年は独立した画家としての再評価が進んでいる。2015年のNHKドキュメンタリー『くらら 北斎の娘』や、2016年公開のアニメ映画『百日紅〜Miss HOKUSAI〜』などで取り上げられ、一般にも知られるようになった。

浮世絵の中での位置づけ

葛飾北斎の娘で、風景画中心の他の絵師群とは異なり美人画・光と影の表現を専門とする。

出典

#history #japan #浮世絵

作成日時: 2026-08-16 08:17 / 更新日時: 2026-08-16 08:26