ドンキーコング(1981年)

任天堂が1981年に発売したアーケードゲーム。宮本茂が初めて手掛けたゲームであり、マリオがスクリーンデビューした作品としても知られる、ビデオゲーム史における記念碑的タイトル。

開発の背景

  • 1981年初頭、任天堂オブアメリカ社長・荒川実が大量発注した前作『Radar Scope』筐体3000台のうち2000台が米国で売れ残る不振に見舞われた。
  • この経営危機を受け、任天堂会長・山内溥が在庫筐体を流用できる新作ゲームの企画を社内公募。当時初めてゲームデザイナーとなった宮本茂の企画「ドンキーコング」が採用された。
  • 宮本は「サイズも動きも異なるキャラクター」を実現したいという野心的な構想を持っていた。『メトロイド』の開発リーダーだった横井軍平がプロジェクト監督についた。

内容

乱暴なゴリラにさらわれた恋人を助けるため、大工の主人公が工事現場を登っていくストーリー性のある固定画面アクションゲーム。プレイヤーがジャンプで障害物を避けるという、後のアクションゲームのルーツとなった。

キャラクター名の由来

  • 主人公は当初「ジャンプマン」と名付けられていたが、任天堂オブアメリカのオフィスの大家「マリオ・セガーレ」にちなんで「マリオ」に改名された。
  • 「ドンキーコング」の由来には諸説あるが、宮本茂本人は2001年に「愚かな類人猿(stubborn ape)」という意味を伝えるつもりだったと述べている。

Universal Studiosとの商標訴訟

1982年4月、MCA会長シド・シェインバーグが「キング・コング」の商標侵害を主張し、任天堂に全利益の返金を要求した。最終的に1984年、任天堂側が勝訴している。

商業的成功

シアトルでのテスト販売で好成績を収めた後、1981年10月に北米チャート首位を獲得。1982年6月までに米国だけで6万台・1800万ドルを売り上げ、翌年さらに1000万ドルの利益をもたらし、任天堂の経営危機を劇的に打開した。

出典

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作成日時: 2026-08-11 08:40 / 更新日時: 2026-08-11 08:40