アメリカ教育使節団報告書

占領下の日本に派遣されたアメリカの教育使節団が作成した報告書。GHQ/CIE(民間情報教育局)の要請により実現した。

第一次使節団(1946年)

G.D.ストッダード(イリノイ大学名誉総長、ニューヨーク州教育長官)を団長に、W・クラーク・トロウ(ミシガン大学心理学教授)、パール・A・ワナメーカー(ワシントン公立学校督学官)ら計27名で構成された。1946年3月に来日し、日本の学校視察や日本側教育家委員会との協議を経て、同月30日に連合国軍最高司令官マッカーサーへ報告書を提出した。

報告書は「第一章 日本の教育の目的及び内容」「第二章 国語の改革」「第三章 初等及び中等学校の教育行政」「第四章 教授法と教師養成教育」「第五章 成人教育」「第六章 高等教育」の6章構成。国定教科書の廃止、国史・修身・地理の停止と社会科の導入、6・3・3制と男女共学制の導入、教育行政の地方分権化など、戦後教育改革の骨格となる勧告を広範囲に行った。

国語改革の提言

第2章「国語の改革」では、漢字・ひらがな・カタカナを廃止しローマ字のみを用いる表記への転換を勧告した。国語教育に費やされる時間の負担が大きいことを問題視した内容だった。

報告書提出後の展開

報告書自体は教育基本法のような新法制定には直接触れていなかったが、1946年8月、内閣総理大臣の所轄のもとに教育刷新委員会が設けられ、報告書の勧告に基づいて教育改革が進められた。国語改革についてはローマ字専用化までは実行されず、日本人の読み書き能力調査による検証を経て、当用漢字の制定など漢字制限路線に落ち着いた。

第二次使節団(1950年)

1950年8月に来日し、9月22日に報告書を提出。第一次使節団の提言がその後どのように活かされているかの調査・補足を目的としていた。

出典

作成日時: 2026-08-14 21:55 / 更新日時: 2026-08-14 21:55