円地文子
日本の小説家(1905-1986)。本名は圓地富美。戦後女流文学を代表する作家の一人。国語学者上田万年の次女として東京に生まれた。
経歴
幼少期、両親は歌舞伎や浄瑠璃を愛好し、祖母から『南総里見八犬伝』などの古典文学を繰り返し聞かされて育ち、これが後の文学的素地となった。
1924年、小山内薫の講演に感銘を受けて戯曲創作を志し、1926年に「ふるさと」で劇作家としてデビュー、1928年には築地小劇場で初演されて好評を得た。しかし小山内の急逝後、小説に転じる。1930年に東京日日新聞記者・円地与四松と結婚し、1932年に長女を出産。1930〜40年代は小説家として不遇の時代が続き、生計のため少女小説や古典随筆を執筆していた。
戦後も少女小説を書いていたことで「少女小説家」のレッテルを張られたが、1951年に河盛好蔵の尽力で『小説新潮』への掲載が始まり、1953年『中央公論』に発表した「ひもじい月日」が翌年女流文学者賞を受賞、文壇復帰を決定づけた。以後、女性の業や執念、老いと官能を古典への深い知識をもとに描く作風で評価を確立した。
代表作・受賞歴
- 『朱を奪うもの』(1956)
- 『女坂』(1957) — 野間文芸賞
- 『女面』(1960)
- 『なまみこ物語』(1965) — 女流文学賞
- 円地文子訳『源氏物語』(1972-73)
- 『食卓のない家』(1979)
1970年日本芸術院会員、1979年文化功労者、1985年文化勲章受章(女性作家としては野上弥生子に次いで2人目)。晩年まで創作を続け、81歳で急性心不全のため死去。谷中霊園に埋葬された。