冨嶽三十六景
葛飾北斎が天保2〜5年(1831〜1834年)頃に版元・西村屋与八(永寿堂)から刊行した富士山を主題にした木版画シリーズ。タイトルは「三十六景」だが、好評につき10図が追加され、実際は全46図からなる。北斎が70歳を過ぎてから発表した出世作で、当時の富士信仰の高まりと国内旅行ブームを背景にヒットした。
構成
- 当初の36図は、主版を藍一色で摺る「藍摺(あいずり)」で刊行された。
- 好評を受けて追加された10図は「裏富士」と俗称され、天保期の贅沢禁止令(色数制限)の影響もあり、主版を墨摺にしている。
ベロ藍の使用
藍摺には輸入顔料のベロ藍(プルシアンブルー)が積極的に使われた。ベロ藍は18世紀初頭にドイツ・ベルリンで偶然発見された化学合成顔料で、延享4年(1747年)に日本へ初めて輸入されたとされる。それまでの植物性の藍にはない鮮やかで安定した発色が、シリーズの視覚的インパクトを支えた。
代表図・三役物
シリーズ中でも「神奈川沖浪裏」「凱風快晴(赤富士)」「山下白雨」の3図は特に人気が高く「三役物」と呼ばれる。中でも「神奈川沖浪裏」は世界で最も知られる日本美術作品の一つとされ、現行パスポートの査証ページや2024年発行の千円紙幣の図柄にも採用されている。
影響
風景版画というジャンルを役者絵・美人画と並ぶ浮世絵の主要分野として確立し、歌川広重『東海道五十三次』など多くの後続作品を生んだ。19世紀後半のヨーロッパではジャポニスムの代表的作例として紹介され、アンリ・リヴィエールが本作にならって『エッフェル塔三十六景』を制作するなど、西洋美術にも直接的な影響を与えた。
浮世絵の中での位置づけ
葛飾北斎の代表作シリーズ。同じく浮世絵風景画の傑作である歌川広重の東海道五十三次としばしば並び称される。